吉祥寺に住んで5年になります。
この街に住むようになったのは大学への通学に都合が良かったからです。
不便でなければ文句のなかった私は、不動産会社の人に勧められるまま、あれよあれよという間に実家のある大分県から引っ越してきました。
このコラムを書くにあたり認めたことですが、私は吉祥寺にあまり思い入れがないようです。
「吉祥寺東町」と言われてもそれが一体どの辺りをさすのかわからず、
駅前のサーティーワンアイスクリームには一度も入ったことがありません。
店の前を通った回数なら悠に5000回は超えているはずです。
けれどそのドアの前に立ち、定番から季節もののアイスクリームに悩ましくうつつを抜かしたことがなかったのです。
そんな調子だったため「くぐつ草(喫茶店)」や「まめ蔵(カレー)、」「ペパカフェフォレスト(タイ料理)」に足を踏み入れる訳がなく(おそらく向こうも私を誘惑するつもりがなく)、『吉祥寺=住みたい街』のイメージを支えるそれらの存在は、私の生活とは総じて縁遠いものでした。
吉祥寺に何か目的がありその達成をオセロの白色とするなら、私に配られた盤はずっと黒いままで、仮に後5年ここで暮らしたとしても、盤上の攻防にあまり変化は見られないでしょう。
多くの媒体で繰り広げられる「吉祥寺特集」。
それらを本当に参考にできる人々は何も吉祥寺に住まいを持たなくても、パンを買うための、カレーを食べるための、ボートに乗るための行動力を根っから持っているはずです。
井の頭公園
吉祥寺駅を南口に出て丸井のほうへ行くとあの有名な井の頭公園が見えてきます。
南口は道路と歩道の境がなく、バスの運行もスペインの牛追い祭り的惨状なので、子ども連れの方は手も目も離さないでください。
吉祥寺の売りとしてこの「豊かな自然」を有しているのは非常に大きなことなのでしょう。
それでも一住民としては、「あんなに人間がいては自然も何もないだろう」というのが正直な気持ちです。一度休日の公園に行ってみればわかります。
しかしそんな風に思っていても、季節の変化を感じるのはやはり公園の木々からで、冬から春にかけては特にそれが顕著です。
桜の冬芽がふくよかになり、見るからに頑固だった濃い茶色がしなやかさを帯び始めると、ベンチに座るカップルの数も自ずと増えていきます。
植物の、動物の、人間の、春への心づもりにそわそわとしてきます。
井の頭公園内の瓢箪橋と瓢箪池と砂金のような陽光。
水の近くに住むのはいいですね。
夜の水面に写るマンション。
お茶の水池の調子が良いとひっくり返した写真のどちらが本物かわからなくなるときも。
目の前に広がる一面の青と緑は何か生活に影響を及ぼすのでしょうか?
このマンションの家賃(18万)のほとんどは眼下の絶景に払っているようなものであるはずなのに、ベランダに立って私たちを眺めようとしている人をまだ見たことはありません。
吉祥寺の飯屋
吉祥寺北口商店街「サンロード」では江口寿史さんの絵を大きくたなびかせており、吉祥寺の玄関的扱いを受けています。
ただ特徴を挙げようにも、「一体いくつつくれば気が済むんだ!!」というくらいにドラッグストアが並んでいることくらいしか思い浮かびません。
それにしてもいつでも混雑しているのがドラッグストアというものです。
南口の大半を広い公園が占めているため、孤独のグルメに登場したメンチカツの「さとう」や「カヤシマ」、又吉直樹さんの火花に書かれた「美舟」(ハモニカ横丁)など、人気のある飲食店は必然的に北口に集中します。
北口の中でもうまい店が軒を連ねるのは風俗街です。
品の良さそうな吉祥寺にもそういった通りは残っています。
間に合わせの安そうなハイヒールも良く似合う呼び込みの女の子たちの前を通り、「中華街」に吸い込まれてみてください。
吉祥寺民とそれ以外では「中華街」に対する認識が違ってしかるべきですが、吉祥寺住み同士で話をするときも「今話題にしてる中華街は横浜のことか、それともホーム(吉祥寺)のことなのか」の確認は必要です。
営業時間は11:00〜翌朝の8:00まで。
その3時間で食事、風呂、睡眠を済ませる気なのでしょうか。
どこにいても「住めば地元」。
自分にとって一番気安い街の一つとして「吉祥寺」を贔屓してもらえると私も嬉しく思います。
吉祥寺で最も完璧な喫茶店。創業は1947年です(ヒント)。
是非探してみて下さい。
(久本夏菜)